『消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』『復路の哲学ーーされど、語るに足る人生』平川克美 [それでもどっこい生きてます]
平川さんの本を読むといつも感じるのは、少しの共感と少しの違和感です。
いや、共感というよりは、憧れ、うらやましさ、みたいなものでしょうか。
自分が持っていない、でも欲しかったものを本から感じて、共感とともに違和感を感じてしまう。
平川さんの本を読み始めたのは、たぶん内田樹さんとの共著である『東京ファイティングキッズ』からだと思うのですが、その感じは最初からずっと付きまとっていて、平川さんの本を見つけても読むのを避けたり、そう思えば今回みたいに2冊買って読んだり、ふらふらふらふらしています。
でも平川さんの本、好きなんですよ。多分ほとんど読んでると思います。
たぶん知りたいんだと思うんです。その自分が感じている感じがなんなのかを。
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今回、平川さんの本を買ったのは池袋のジュンク堂でたまたま目にしたからなんですが、前振りがちょっとあって、それが↓この本です。
今回買った平川さんの本の内1冊は「ミシマ社」という出版社から出ていて、「ミシマ社」の社長さんが書いた本がこの本です。
私にとって「ミシマ社」とは益田ミリさんの本を出版している会社で、本に挟まっている「ミシマ社新聞」の手作り感がとても好きでよく覚えてたんですよ。
益田ミリさんと平川克美さん、それを私につないでくれたのがミシマ社ということになります。
この『失われた感覚を求めて 地方で出版社をするということ』は、今の自分にはとても合っていた本だと感じています。
それは、今後もゲームプログラマーとしてやっていく上で、そして生きていく上では、自分の感覚を失わないことが一番大切なんじゃないか、という感じがあって、自分のその感じをこの本で三島さんなりの視点から説明している気がしたからです。
『消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』も、そういう「自分の感覚を信じる」という視点でみると似た感じの本とも言えると思います。
当然、私が今欲しい解釈をその本から読み取っているだけかも知れませんが、それでいい気がします。
自分にないもの、外にあるものを「こじつけて」自分が使えるようにする。
消化できなくても、分からなくても、好きだったり信頼できる感じがするものを、自分にくっつけてみる。
そういうものの方が、頭で分かったつもりになったり、よくわからないまま人から進められたものを無理やり使おうとするより、意外とうまく使える気がするのです。